即物的簡潔主義者の悪文グルーヴ

都内で院生やってる男が吠えます。遠く吠えます。

【ニッポンのサヨク論②】人権屋が右傾化を促進する

いきなりすこし硬い話に入る。

といっても別に高校の公民で習う程度の話だが、人間は無秩序の状態で自由にあるがままに振る舞えば互いに衝突し、戦い、やがて強い者が弱い者を支配する世界を生み出してしまう。自由を最優先すると自由を喪失するのだ。

 

これを回避するためには自由=権利が衝突した場合に公平な解決を図るルールが必要となる。ルールにはみんなが納得するような正統性が必要になるだろう。そこでみんなが選んだ代表者たちが話し合ってルールをつくり、これを「みんなのルール」として共有する。この代表者たちにより構成されるのが「国家権力」だ。

ところが権力は腐敗する。権力を持った代表者たちはやがて自分たちに都合のいいルールをつくり、それ以外の人々の自由=権利を不当に制約し出すだろう。そこでこうした横暴から身を守るため、国家をより上位の法で拘束することにした。これが「憲法」だ。

と、まあこんなふうに考えていくと結局これはバランスの問題に帰着するわけで、統治機構に力を持たせすぎず、国民の自由=権利に委ねすぎず双方バランスよく調和することではじめて各人が自由にふるまい生きてゆける世界がたち現る。という「理想」である。

たとえるならそれは右と左で綱引きしているようなもので、この両者の力がほどよく釣り合うのが理想形だ。だからおれは権力批判自体を否定しない。当然である。とりわけ日本に関しては、こういう権力監視的な役割は重要だろう。

というのも、上記のような立憲民主主義的な社会システムは欧米人が文字通り血を流して創り上げてきたものである一方、日本はこれを単に知識人たちによって輸入したにすぎないからだ。

おれは正直あんまり日本人は云々〜、日本は云々〜という物言いが好きではないのだが、これは歴史的な経緯からみてそうだろう。つまり立憲民主主義がもつ思想の根本が一般的なレベルにまで十分に浸透していない、ようにみえるのである。
だからどうしても愛国心=お上を肯定すること、となってしまう。

これはいわゆるネトウヨをみてても顕著なわけだが、安倍政権への批判をすぐに反日として捉える。
政府なんてただ共同体の運営をその手腕に期待して依頼されてる人びとに過ぎないわけで、そういう意味では会社とその社長との関係に似る。愛社精神と社長崇拝が完全合致してるなんてどこぞのワ⚪︎ミだよって感じだが、たぶんそのへんのことがあんまピンときてないのである。

こういう傾向のある社会で人権を守り権力の行き過ぎを監視するには、より精密で説得力のある批判が必要となるだろう。
んで話をサヨク人権屋に戻す。なんていうかもうアレである。
憲法12条朗読や9条をノーベル賞に、なんてのがその顕著な例だが、武器として人権概念を駆使するどころかもはやただの言霊信仰みたいになってるのだ。9条を改正すれば翌日には爆弾が降りそそぎ、表現の自由を規制する法案が通れば公安警察にぬっ殺される社会が到来するとでも思ってる。あるいは彼らはなんか、憲法黄門様の印籠かなんかと勘違いしてるんじゃないのんか。それにひれ伏さなければすぐに軍国主義だ、独裁だとわめき出す。つまりはこういうことだ。

サヨク「この人権が目に入ら、、、ない!?ぐ、軍国主義の足音が聞こえる!!」

人権はべつにふつうに制約される。訴訟の場で人権が問題となるときは、

・その権利が憲法上保障されてるのか

・どのくらい強く保障されるのか/

・対立利益はどのくらい重要なのか/

・対立利益確保のためその権利を制約することは手段として適切なの

という争点を通してそれを制約する論理の正当性が緻密に審査される。
逆にいえば人権てのはそれを制約する際に緻密な正当化論理が要求されるほど重要な権利ってことを意味するに過ぎないんであって、それ以上でもそれ以下でもない。

愛と金を求めてふつうに生きるひとびとがこれを知らないのはべつにしゃーないだろう。でも自由だ権利だといってそういう活動をライフワークにしてる連中がこの程度の知識なく騒いでるのは呆れを越してもはや意味がよくわからない。

さらにいえばこういう粗雑な権力批判はむしろ彼らの意図と真逆の方向に進む可能性も孕むだろう。つまり人権と安易に叫びすぎてその価値が希薄化する。あるいは特に右でも左でもない人びとに憲法自体の価値が疑われる。犯罪者に人権はない、という物言いも、結局は人権を「黄門様の印籠」的に捉えた上でこれを剥奪しろという主張に過ぎず、問題の本質をまるで捉えてない。

これから日本がどういう方向に進むのか、おれは全然わからないし自分の人生に必死で日本の未来を憂う崇高な理念なんぞ持ち合わせてないが、ほんとに日本国の右傾化を憂うなら、ほんとに危険なときにここぞとばかりにピンポイントに批判しないと、オオカミ少年みたいになっちゃうよ。てかもうなってるんじゃないですかね。

自分たちの主張の通らなさを安倍ブラック政権とこれに洗脳される愚民たちのせいにして思考停止、巨悪と戦う自分たちに酔いしれるのは勝手だが、権力監視を本気でやりたいんならもっと真剣に内省したほうがいいとおもう。人権について、国家についてぜんぜん知らないふつうの人びとでも、崇高な理念の裏側に潜む腐敗した自意識の存在にはとてもとても敏感なのだから。

 

 

憲法主義:条文には書かれていない本質

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